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もっと横道にそれよう

 ←大切なことは「継続すること →伝えるか、伝えないか
伝説の灘校教師、橋本武氏の心に響く言葉より…


たとえば試験や課題の提出期限前に一夜漬けの勉強をしなければならないこともありますし、とりあえず目の前のテストなりなんなりに間に合わせなければならないということもあります。

だから、そういった急場しのぎの暗記は仕方がありません。

ただし、そんなふうに付け焼き刃で詰め込んだ知識は、すぐに忘れて使い物にならなくなります。


すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる。

私はそう思うのです。

20年、30年先を見た長期的な学力、能力を身に付けるためには、やはり「「銀の匙授業」でやったように、枝葉にまで疑問をもち、その疑問に対してじっくりと腰を据えて考えるというやり方でないと、なかなか効果は上がらないのです。


中学、高校といった若いときに、とにかく勉強する、一冊でも多くの本を読む、さまざまなことに興味をもつ、いろいろなことについて考えてみる、こういったことをするのは非常に重要なことです。

多感な若いときに受けた刺激、体験した面白さは、形を変えることはあったとしても、何かしら一生心に残るからです。


もちろん、学んだことを全部覚えている必要もないし、そもそもそれは土台無理な話でしょう。

しかし、ときには苦しいけれども読む、書く、そして考える。

そうしてみると、そのときは目一杯でも、あとで「心のゆとり」となって、必ずわが身に返ってきます。

それが“教養”なのです。


きっちりと労力をかけて学んだことは、どこかで必ず役に立ちます。

必要以上に勉強したことがゆとりにつながる。

これが本当の意味での「ゆとり教育」なのです。

戦後の「ゆとり教育」というものは、私に言わせれば「怠け教育」以外の何ものでもありません。

本当のゆとり教育というものは「詰め込み」が重要になってくると思います。

もちろん、受験のための詰め込み教育は問題外です。

ここでいう詰め込みとは、いわば「教養の詰め込み」のこと。

この上積みこそが、受験などという近視眼的な目標ではなく、人生の方々で待ち受ける難問にぶち当ったとき、必ず役に立つわけです。


人間が生きていくかぎり、いろいろなことに直面し、いろいろなことを考えなければならないでしょう。

そうなると、「横道」経験が多ければ多いほど、そうしたさまざまな事態への対応力もより高まるのです。

『一生役立つ学ぶ力』日本実業出版社
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