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人生の旬

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医学博士の海原純子氏の心に響く言葉より…


人生の旬とはなんだろう。

一般には若い世代が旬といわれる。


年をとると、盛りをすぎたとか、枯れたとかいわれる。

生物学的見地だけから見れば、たしかに老化するほど細胞内の水分は減少し、枯れていくという表現は当っている。


現代は、そうした老化を遅らせるアンチエイジング研究も盛んだ。

旬をのばそう、とする考え方だ。

むろんそれはいいのだが、私個人の考え方としては、生物学的な旬のみに焦点を当てる必要はないのだと思っている。


体力や細胞内水分、つまり体力、美しさ、記憶力は年と共に衰え、旬を過ぎるが、別の旬は年と共に充実してくると思うのだ。

たとえば、ものを深く洞察する力、思考能力、共感力などは年をとるにつれ旬を迎える能力である。


しかし、とても残念なことだが、こうした能力は、体力や美貌という生物学的能力とは違い、ほうっておいても存在するとは言えない。

要は天賦のものではなく、自分で磨きをかけて旬を作り出していかねばならないものなのである。

いつまでも若さという旬を追い求めることにエネルギーを使っていると、こうした「年をとってから旬をむかえる」はずの能力に磨きをかけるエネルギーをなくしてしまう。


体力や美しさが減少しても、別の旬を持てる大人は輝いていられる。

そんな大人が少ない。

若いころにはとてもこんなふうにできなかったなあ、と思えることを人生のなかに作っていくのが大人の幸せである。

『大人の生き方 大人の死に方』毎日新聞



若くて、体力にあふれ、美貌を持つ人は、そのことにとかく頼ってしまい、それを求めることにエネルギーを費やすことが多い。

もちろん、身体能力にすぐれていたり、美しい、ということは神から与えられた最高の贈り物であり、人生のある一時期の「旬」であることは確かだ。


絶世の美女と言われた、小野小町はこう歌っている。

「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」

桜の花の色は、すっかり衰えて色あせてしまった。

むなしく時をすごしているあいだに、私の美しさもすっかり衰えてしまった。


どんな美貌も、疲れを知らない体も、年を重ねるごとに必ず衰える。

若いうちから、内面を磨き、年をとっても別の「旬」を楽しめる人でありたい。
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